ケーハクは復権するか

わたしちょっと前から「マジメの時代」ということを言っていたんですが、最近フマジメに振舞う人ってのはさすがに減ってますね。

「キミってマジメだよね」は、わたしら子供の80年代はケナシ言葉だったですが、最近は女の子なんかに「キミマジメだね」って言われると褒め言葉です。

わたしのマジメ論では、ヤクザはマジメで、チンピラはフマジメです。要は、何かを貫くというのがマジメの要素で、何かを貫いた結果突き抜けた状態を、フラグメントフロア的には「バカ」と呼びます。

マジメがいけない、となったのは、ドラえもんでいう出来杉くん的な、ヒール役で登場して、こうマジメなやつは卑怯ですぐに逃げて、主人公が憧れている女の子の恋敵だったりして、といった感じですが、80年代のマジメの世界には、80年代的「ネクラ」のイメージを付加させたようなカンジで、最悪だったですかね。だからわたしら80年代子供の世代は、マジメという言葉に、もの凄く拒否反応があるように思います。

マジメの反対はケーハクですが、例えばうちのオヤジなんかの60年代若者は、ケーハクであることは侮蔑の対象でした。

オヤジの話だと、大学にいってショートホープ片手に麻雀していると、ヘルメット被ったやつが説教しにくるもんで「ま、いいからいいから」って首根っこ掴んでジャン卓に座らせるというのが、わたしのオヤジのスタイルだったそうですが、後付けでいえば、先取りの80年代、でしたかね。(笑)

21,2の頃に初めてミニコミ誌に文章が掲載されたとき、親父に見せたのですが、セイジとかシャカイとかブンカとか小難しそうなことが書いてあるのを察知して「おれこういうの嫌い」とか言われて(笑)、読まずに返されて、上記の話をされたんでした。学校でテストで学年トップだったよという報告の時と同じ反応でしたね。ま、息子の親父なんて、そんなもんですかねえ。(娘しかいないのでよく分かりませんが)わたしの人格形成のヒトコマ、余談です。(きっとわたしの親父のリアルを知っている人には爆笑の話です。)

70年代は、無気力、つまりマジメでもケーハクでもない、というものがメインストリームにのし上がってきたのですが、80年代のネアカに、ネクラと一緒に攻撃を受けることになったマジメさんが再び脚光を浴び、マジメがそんなに悪いことじゃない、となったのは、バブル崩壊後の現実(不況、阪神大震災サリン、テロル)によるところが大きかったと思いますけど、だからそれに合わせて、わたしらは軽さでなくてクールさに行ったという、マジメとクールというのは、似たような道程を辿っているような気がしますね。

社会に出ると、マジメじゃないと人から信用されませんけど、マジメ過ぎてもだめ。つまりマジメも程度の問題があるわけですけども、何にマジメになるか、という取捨選択の問題です。

わたしのマジメの対象は「時間」と「反応」と「思考」です。この3つだけは、マジメに対応しますが、後は適当です。(笑)


マジメって「真面目」と書くんですが、面白い字ですね。真剣な顔と目。

こうやってマジメの系譜を考えてみると、マジメになってんじゃねーよ、なーんて突っ込んで言っていた時代が、だいぶ過去に感じますねえ。時間の経過に、軽い眩暈がします。(系譜を考える時の同じオチ)