メン作り

昨日は、年始からダラダラと書いてしまいましたね。

さて、昨日通勤中に雑誌を斜め読みしていると、「人間関係ではなくて人間環境である」という言葉に出会いました。ほほう。

確かに、最近の派遣や婚活の問題は、「人間関係」の構築方法に問題があるかもね、というのは色々なところで語られるところですが、人間関係の構築方法に問題がある、じゃなくて、人間環境を構築する力がない、とすれば、なるほどスッキリします。

つまり、人間関係というのは点でしか存在しないんですけど、人間環境というのは面、ですね。人間関係を広げるというのは点をたくさん集める、ということになる。でも人間環境を作る、というのは面を構築するわけですが、それはどういうことかというと、点を繋げていく力、ということですかね。

人間関係は点と点を結ぶ線、ですが、昨日の「価値」の話ですけど、その点が無くなったらそれで終わってしまう。でも点を繋いで面にしておけば、点が仮にひとつなくなっても、それで全て終わり、とはならない。

わたし、派遣切りにあった人とか、婚活の人、とか、基地を拠点ではなくて「シェルター」だと思っている人たちって、この「人間環境」を構築する努力を怠ってきたんだろうと思うんですよね。あいつなんとかしてあげたいな、と思ってくれる人がボランティアしかいないぐらい孤立する、というのは、少し考えずらいんです。あいつなんとかしてあげたいな、の人がいないから、シェルターに入りたいわけなんでしょうけど。

昨日の基地と、今日の面(人間環境)の話は繋がっていて、つまり基地って面と面をくっつけて作るんですよ。BB弾をたくさん買ってきてまわりを固めるのは労力の浪費ですけど、ダンボール集めてきたら、すぐに基地は完成する。

今日、私が尊敬する同じ歳のN女史と仕事の話でメールのやり取りをしていて、歳をとればとるほど、コンタクトを積極的に主体的に取らないと孤立していくって、年賀状とか読んだり、年末年始は感じますよねえって話をしていたのですけど、まさに、その通りだと思いました。

だから若いから誤魔化せてきたこと、例えばノリで誤魔化してきちゃったとか、刹那的な、ま、その場が楽しければいいかとか、楽すりゃいいかとか、その個人的なしわ寄せと、社会の落下が重なって、孤立はいよいよ深まるんです。

それはだから、一面は個人のせいだし、一面は社会のせいだし、または一面は育った環境のせいかもしれないし、育てた親のせいかもしれないし、って、そんなこと言ったらキリがなくて前に進めないから、そういうこと、いわないほうがいいっていうことをずっと言ってきたわけですけもど。

私の人間環境、今現在どうで、今年は、どんな補強をしないといけないのか、またはどんな偶発の出会いがあるのか、面で考えていきたいですけどね。

まずは「人間環境」という言葉との出会いに感謝しつつ、読んでる方とシェアできたらなと思います。