ブレイクスルー

今週最後ですが、今日の内容は管理職育成講座みたいな内容になっちゃうかもしれないです。。(笑)

コントロールするのはいやだといって、人との関わりを避けては生きていけませんし、コントロールされることに反発したり我慢して飲み込んでみたりしてたら、とてもニコニコ生きてられません。

そんで「強制管理」ではなくて「誘導」というあいまいな感じでよかろう、になるわけです。誘導する(される)ってLEAD(リード)って言うそうです。

「リーダー」は、誘導する人、なんですね。

何かを成そうとする人は、突破系でなければならないのは勿論ですが、リーダーとして後ろにいる人間を「誘導」するのも大切な役目ってことなんですが、ちゃんと「誘導」してまっか、ということは、自己点検したほうがよさそうですね。

誘導するって難しいですよ。「こうしなさい」「こうするな」は誘導ではありませんからね。それは命令であってコントロールであって、そういうことをペラペラ言う人を「リーダー」とは言いません。

一方で、そもそも「命令」も出来ない人がリーダーの場合もあるでしょう。婉曲に、本質をズラしながら、まわりに反発を食らわないように、慎重に誘導しようとする。これも、時間がかかりすぎるし、そもそもそれで組織の中だけで守るだけならいいでしょうけど、その「リーダー」は突破系ではありませんから、組織自体がつぶれかねません。

つまり、ある集団をまとめ、何かを成すには、外部的に「突破する(ブレイクスルーする)」ことと内部的に「誘導(リード)する」というバランスが、必要だということになりますかね。

誘導って言葉だけだと、あまりよいイメージがないですね。コントローラーは触らないけど、なんとなくこう人を知らない間に追い詰めていくみたいなね。(笑)刑事コロンボとか古畑任三郎みたいなイメージですか。

でもそりゃ「悪には悪で対抗する」って方法論のひとつであって、この場合は「よい方向に導く」の誘導ですからね。「よい方向」を判断するのはトップの役目だし、だから仮にそれがよくない方法である可能性もあるのですけど、誘導するっつっても、言葉巧みに操るということではなくて、自分の身体で行動を示すことができて、理論も築いてどの相手も納得させることができて、その方向性を信じ続ける、というだけのことなんだと思います。

だけのことって、これが一番難しいんですけどね。(笑)

方向性(仮説)を作ったら、その方向性を信じることが「突破力」のパワーとなるし、方向性(仮説)を確信に換えて、説得力を持つものにすることが「リード力」の礎となる。

つまり、方向性そのものについて、粘り強く考えること、が、何かを自然に、つまりコントロールという世界からは離れて生きていくには必要である、という本質に、突破系とコントロールの話から、たどり着きました。

ということで、今週もおつかれさまでした。