あとむ・ハート・マザー

子供の学歴は母親の学歴に比例する

という説をご存知っすか?母親の学歴が高ければ総じて子供の学歴も高いという説を東大の教授が唱えているのですけど、僕はこれ、当たってると思うんです。今の時代は。

昔は、無学の母親と立身出世の息子、という構図があったのだけど、今はないんですよね。何故か。昔は、教育というか、子供の世界を広げてくれる世界が、父、祖父母、地域、学校とあって、さまざまなヒトやモノの世界観に触れながら育つことが出来たんですが、今は母親の世界観が全てになっちゃう、という構図があるわけですよ。

今は女性が強いというのは自明ですけど、例えば母親が先生をバカにしたり、学校を軽視したりする。母親が父親をリスペクトしないで文句ばかり言っている。そういう場合、子供の世界の全ては母親になっちゃう。だって子供は、母親がよく言わない人の話をちゃんと聞くわけないですから。
でも、母親に、例えば「人を何故殺めてはいけないか」「勉強は何故したほうがいいのか」といった哲学的根本的な問いから、特に中学生ぐらい以降の勉強に答えたりするには、母親の知性が必要になってきちゃうんです。だから、この仮説は「現代」としては正しいと思うわけですよ。

母が背負うものを大きくしちゃって(誰がしちゃったかはおいといて)その背負うものの大きさに気づかず、子供はどんどん大きくなっちゃう。これ、もの凄いリアルで根本な問題だっつーのに意外に気づいてないんじゃないかなあ、と子持ちとしては思っちゃいますが。

だから、といって「父権再び」とか叫ぶのもリアルじゃない。学校を敬え、先生を聖職に戻せというのも一緒ですが、もう無理なんですよ。それは。
だから、これを回避する方法、というかなるべく家庭の問題を最小化するのは僕はひとつしかないと今のところ思うわけです。夫が妻を、妻が夫をお互いにリスペクトするような人生をお互い歩む努力を怠らないこと、コミュニケーションをオープンにして、弱さも強さもちゃんと表現して、子供の問いに、迷いにスッと答えられる、一緒に考えることができる知性を親が無期限で突き詰めていく、それでも問題は出てくるだろうけど、地道に正直にそれを日々続けるしか、ないんじゃないかと思うんですけどね。

かたーい話になっちゃいましたけどね。夏に考えるには暑苦しいんですが。(笑)

死のロード、がんばれ阪神