ぐっとエデュケイションシンドローム

「恋愛トラップ」も「若松孝二」も「足立正生」も、共通点は何かというと、その描き出すリアルを、ちゃんと見ようとすると、吐き気をもよおすような、息が詰まるような、そんな感じにナッチャウヨ(ケントデリカット)、ということだと思います。

身近(日常生活)でも、胸が締め付けられ、吐き気を催すような「リアル」が実はあるんですね。「親と子供」の場面です。特に「しつけしはじめの親」と子の感じ。私は女の子2人の親ですので、身近に同年代の子を持つ親、というのはたくさん見ます。見ますけど、見ちゃいけない(感じてはいけない)「気配」とたくさん遭遇してしまい、とても息が苦しくなる時があります。それをちょっと説明してみます。

その気配というのは、口で説明するのは難しいのだけど、親が独りよがりから勝手に感じている周りからの同調圧力に屈し自分を棚上げ子供を虐げる(子供に怒りをあらわにする)、それはもうヒステリックそのものですけど、恐ろしいですよ。

もうちょっと分かりやすく言うと、「何であたしは(僕は)こんなに一生懸命あなた(子供)に対してしつけ(教育)をしようとしているのにあたはは言うことを聞かないの?」ということですが、そういう場面に遭遇すると、息が出来なくなるんですよ。それは、その怒られている子供の身になって、なのか、同じぐらいの年齢の子供を持つ親の立場で、なのかよく分からないんですけど、ね。

昨今モンスターペアレントなる新種の生き物が出てきてますけど、こりゃ親の自己顕示欲がそのまま社会に出たもんですね。結局どこかで悪意は受け止められねばいけない構造が社会というもの、ですけど、前述のように子供が小さいときは、子供が受けちゃうし、子供が大きくなって受け流す(親を相手にしない=けど表面的にイイ子)となれば、それは学校や教師に行ったり、社会に行ったり、悪意は「モンスター」となって、社会を飛び回るわけです。

恐ろしい、世の中です。

最近、川口で娘が父親を殺してしまった事件がありましたね。みんな(お父さん世代)は不安なので、娘の父殺しの「動機」探しに躍起ですけど、世間が納得するような明確な動機なんてたぶんないでしょうね。私も2人の娘がいるので、動機なんだろうなあ??って、ちょっと気にはなってましたけど、新聞に「家の間取り」が出てて、「おや?」一瞬思って、すぐ「なるほど!」と思ったんですよ。

なんかおかしい間取りだなあって、それでなんとなく理由が分かっちゃった気がしました。(ほんとはどうなのか、は今後の展開で分かりませんけど、たぶん、で以下書きますね)

間取り見たら、リビング以外に部屋が3つあるんですけど、「長女の部屋」「母親の部屋」「父と弟の部屋」なんですよ。割り振りが。

ん?

普通は、「長女の部屋」「弟の部屋」「夫婦の部屋」じゃないのかなあ??って思って、「なるほど!」っと。

前も、ここにきっと書いたことがあると思うんですけど、小さい子供にとっては母親の世界がまず「一義」なんだよね。その母親が「あの教師(学校)嫌い」とか「あの親嫌い」とか「あの父親どうしようもねえ」とか子供に言ってる段階で、子供は「教師」にも「近所」にも「父親」にも敬意を示すことは、あり得ない。そうやって母は子供を孤立させて、自分だけの言うことを聞かせる状態にしています。

まあ、大概の母親は、まわりに素直に文句を吐いているだけで、影響度には無自覚なんですけどね。でもほら、無垢ほど罪なことってないって言うじゃないですか(笑

そういう状況にした上で、「教師」に「近隣」に「父親」に、なんとかせいっって言っているのが大概の状況です。そりゃ無理なんです。もう既に子供にとっては、あなたが「全て」なんですよっ。とニコッと僕は現実に言ったことありますけど。(笑 サーーーっと状況が引きました)
きっと、この父娘殺人事件の家族の母親は、父(夫)を虐げていた。たぶん直接的ではなく、間接的にね。自分の権利ばっかり優先して、自分は棚上げして、家族をコントロールしようとしていた。間取りだけ、で判断してますけど。(笑 乱暴)
そういうところで、15年を過ごした長女に、何かが積み重なった。動機があるとすれば、そんなところでしょう?きっとみんな、DVとか酒乱とか、なにかステレオタイプな動機を求めたいんでしょうけど、きっと無いよね。母親に原罪があるかどうか、は別にしても、そういう「分かりやすい動機」は少なくとも無い気がするよね。

つまりそれは、「再開サヴァイヴァー」で言った「見えにくさ」であって、息が苦しくなるような「リアル」なんですよね。
自分の小さい子供にテメエのご都合を押し付けてやまない親たちのなんとも言えない「悪意の気配」、まあ子供抱えてる以上は避けては生きていけませんが、その気配を一身に浴びながら、かつ前向きに生きていくには、やはり相当の修練が必要です。(笑

そこで、私(というか「fragmentfloors」名義で(笑))ご提案なんですけどね。
人間弱いので、自分を守りたくなっちゃうのは仕方がないです。だから、些細なことも含めて10回に7回は「わたしぃ(ぼくぅ)、こんなにがんばってるんですけどぉ。子供が全然言うこと聞いてくれないんですよぉ」みたいなんでいいです。
ただ、10回に3回は、「こんな親なので、子供がこんなんでごめんなさい。申し訳ありませんね」って(子供の見てないところで)ニコニコ謝る、の謙虚さ(と自子への愛情)で行きませんかね。

たった3回で、いいんですよ。みんなが3回ずつやったら、世の中ちょっと(いや、だいぶ)変わると思うけど。

まあ、それはさておき、事件はどういう展開を見せるでしょうかねえ。