「指され力」から初期衝動まで

シンポジウムとか講演とか公開対談とか、聞きに行く人とかってどのぐらいの割合なんでしょうね。行く人はたくさん行くだろうし、行かない人はてんで行かない、という、割合として落語とかに近い感じでしょうかね。

わたし「この人ナニ考えてんだろうなあ」という興味が沸いたときは、そういう講談の場があれば、聞きに行きますね。行動的かどうかというより、「その場があることを知っているか」どうかの問題が大きいんだと思うのですが(だってほとんど宣伝しませんもんね)、やっぱり、ライブはいい、ということは、そういう世界でも一緒です。

ナニがいいかといえば、その場のアドリブ性もそうなんですけど、大概は設けられている「質疑応答」という時間があるんですけどね。興味を持っている当人と直接コミニュケーションが取れる場です。

今は、メールを出す、とか、本人とコンタクトを取れる機会というのはあると思いますけど、やっぱり生で温度を持って対話できる緊張感とか導き出される(当人にとっての)内容の濃さとか、非対面とはまったく違うのですよね。

昨日書いた「キミ、コドモは甘やかしなさい」というのも、その質疑応答のやり取りで出てきた情報ですけどね。

わたしは、これちょっと自信があるんですけど、「指され力」ってのがあるんですよ。(笑)つまり小学校の時からそうなんですけど、「これは絶対質問したい」「これは絶対答えたい」「これは絶対説明したい」というようなことを思って手を挙げていると、必ず指されるんですよ。(笑)

おそらく手の先から念が出て。。。っていうオカルティズムはともかく、本当にそれはあります。

その時も200人ぐらい聴衆がいて、手を挙げている人は30人ぐらいいて、時間の関係で指されるのは3人。ということで、確率としてはだいぶ低いんでしょうけどね。縁もあれば運もあるんでしょうけども、そういう時は2度や3度ではないので、ちょっと自信があります。

わたしよく書きますが、人生5大師がいるんですけども(多いって)その中のおひとり、内田さんが7月にチベットモーツァルト(といえばこの人)の人と公開対談するそうで、早速申し込んでみました。(抽選なので、当たるかどうかわかりませんが)

5大師のもう一人の有名人は細野さんですが、細野さんと内田さんの対談があったら、わたしのメンター道ももう思い残すこともないんですけどね。(笑)

細野さんは中沢さんとよく行動を共にするし、内田さんは大瀧さんを師と仰ぐ人で、大瀧詠一論書いたり、対談もしている。勿論細野さんと大瀧さんは、はっぴいえんどを率いた戦友ですからね。

その「ああ、もうちょっとなのに」という(笑)、ニアミスです。パンチラフェチじゃないですけども、「見えそうで見えない」ギリギリの線というか、その意味で実現しないほうが良いかもしれませんね。

お二人の偉業をたたえ、表現から本質を(勝手に)学び取り、上記のようなニアミスの関係図があるならば、是非一度お二人でお話を、とその期待感をいただいているのは、日本にわたし入れて何人もいないでしょうけども。(笑)

ま、期待しすぎは問題です。「期待は失望の種である」ですね。

余談ですが、内田さんはここ4,5年の大ブレイクで、すっかり有名人、時代のオピニオンリーダー的になっていますけど、わたしはリアルタイムで楽しんだ初期の著作の数冊の後の、ユリイカに掲載された大瀧詠一論と、その後のムックの大瀧さんとの対談で、内田さんの仕事って初期のある頂点があって、わたしの中では、ある意味完結したんじゃないのかなと思っています。

それはミュージシャンのファースト(初期衝動)からセカンド(デビュー前後からのベスト版的内容)そしてサード(プロになって以降初のコンセプト作)である頂点があって、後はそのサードの評価如何で、その後が決まっていく。それと同じ原理ですけど、内田さんの仕事についてそう思います。(申し訳ないですが、最近の著作は読んでいません。)

なんかその、初期衝動の力に弱いってのは、ありますね。ま、オミズでゲイシャですから、流動性が高くて、ボッと燃える情熱に弱い。まあ、その危険性も、自覚してますけども。

でもまあ、一人の人間の言いたいことは、頭のいい人の本何冊も読んだってそうですけど、そんなにありませんもんね。

モノに触れると、それを楽しんで作っているか、苦痛と苦悩で作っているか、の伝わり方の違いかもしれませんけども、わたしやっぱり楽しんで作ってる(初期衝動)というものが、好きなんですね。

生活のため、契約のため、そういったある制約の中でひねり出される表現にも、もちろんたくさんいいものはありますけど、どっちかというと、その初期衝動の純粋さ(ただ楽しく創作しちゃった)に、引かれちゃいます。
ここも、苦痛になったら、すぐ止めると思いますよ。(笑)ま、なんの制約もないので、苦痛になることはあり得ないんですけどね。