動乱とポップスの相性の悪さ2-ユーモアとアナキズム

コロナ禍で社会が親権威と反権威の対立軸に収束していく様相が強まっていく中でのポップスの相性の悪さについて前回書きましたが、もうちょっと補足したいと思います。

昨日だったか、夫の不倫と離婚で傷心の女優が家で加川良さんの教訓を歌った動画が話題になっていました。中嶋みゆきの「ファイト!」同様に、苦境下に響く歌としては共感を呼びやすいことは確かです。50年前の歌ですからフォーク世代じゃない人は知らない人も多いわけで(あたしも生まれてませんが)、まさに50年後に再帰されてきた、というにふさわしい現象だと思います。

加川良の教訓といえば思い出すのは、なぎら健壱の「教訓Ⅱ」です。替え歌、パロディですね。あたしはパロディフォークの旗手としてなぎら健壱を昔から評価してきた立場ですが、この歌も一緒に再帰されると良いんですけどね。
ちなみにそのなぎらのパロディへの感動を伝えた10年以上前の拙文は以下です。「関西フォークとラブホテル」
https://fraflo.hatenadiary.org/entry/20050425

50年前の政治の季節、対抗文化で若者がみな怒りに燃えて革命を語る時期に、なぎらはそれをユーモアに展開してる、ということの思想についても語っておくことの効用がありますよね。社会は多様性を維持するからこそ強いんで、加川良岡林信康といったフォークの主流に、はっぴいえんどみたいな偏屈なロックだかフォークだかわからない人たちや、なぎらのようなユーモア、が同居するからこその文化なんだということで、不謹慎だとか自粛だとかいう空気を乗り越えるなぎらの(分かりにくい)思想基盤を、シリアスになればなるほど見落としてしまうのが世の常です。

ポップスの人たちの旗色が悪いのは、そういうシリアスになってユーモアを忘れていく社会では圧倒的に異物であるということに加えて、あたしははっぴいえんど系譜の「しなやかさ」が嫉妬の的になってしまいやすいことも原因だと思っています。

ポップスは世の中が平和な時に初めて効用を発揮するわけですので、確かに現在旗色は悪くなる一方です。
でもそれはあくまでポップスという作品の軟弱さのことであって作り手も軟弱だ(という昨今の論調ですが)というのはちょっと待ってね、と思います。
達郎さんや星野さんをお気楽な奴らだと糾弾する動きもそうなんですけどもね。

あたしは大瀧細野山下桑田のポップス四天王の強さを「群れないことによる強さ」または「群れなかったからこそ身に着けた強さ」だと思っていて、基本的にはある意味においてのアナキスト的な人が多いと思っています。この群れない孤独を屁とも思わず、辛い時も苦しい時も常に自分との闘いによって自分で解を導いて人生を切り開いてきた人の強さだと思います。

四天王みながそれを目指せる(出来る)のは(右であれ左であれ)権威と距離を置く事の重要性を表現者としてよく知っていたからですが、必要以上に近づかず、必要以上に離れず(反発対抗でなく)自分と社会、自分と権威権力との距離感を計ってきた、というところがとても重要だと思うのです。(これは音楽家に限らず、あらゆる仕事で自立を試みようとする人に共通に湧き上がる感覚だとあたしは思っています。あたしもだから、同じように生きてきたと思います。)

そういうしなやかさ追求を昔からずっとやってきたわけなので、いまの四天王の「状態」はあくまで結果そうであるだけであって、元々売れてようが売れてなかろうが、高名であろうがなかろうが、おそらく在り方は同じで、どんな状態であっても同じことを言う人たちだろうとあたしは思います。

しかしパニック状態においては、結果の不平等を妬みにかえて、自分の意に沿わないものには全て徹底的に対抗して敵にまわし、逼迫した状況の中では小異を捨てて大同につく冷静な連帯が大事になるのに、排除と先鋭化が繰り返され…、それは日本では50年前に新左翼が示した挫折に見る通りなんですが、これがまた人間は歴史に学ばないということなんでしょうか。

新左翼の機運が高まるその50年前の中津川で、そんな肩肘張らずに笑うことも必要だろう?と角材とヘルメットと革命思想で武装した面々を前にしてユーモアを提示したなぎら健壱の強さ、飄々さ。しなやかさ。孤立を恐れず連帯を求めたのは、メッセージフォークとそれに熱狂する新左翼郡ではなくて、脇にいたなぎらやはっぴいえんどで、その後時代は後者に味方したというのもひとつの歴史でもあるのですが、いまこのことをどう考えるのか。

加川良さんは残念ながら数年前にお亡くなりになってしまっていますが、いまこの「教訓」の再帰をどう思っているんでしょうかね。歌だけではなくて「50年前に歴史が示した教訓」そのものが再帰されることを願わずにはいられません。そしてあたしもまたこう書く事によって自分との闘いを続け、現在のあたしの周囲にいる全ステークフォルダの幸せを守りたいと思っています。